A5判 176ページ 上製
定価:1,800円+税
ISBN978-4-944235-37-7 C0031
在庫あり
書店発売日:2007年10月31日
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李登輝氏が伝えたかったこととは―? 2007年5月、台湾の李登輝前総統が3年ぶりに訪日し、念願の「奥の細道」探訪、3回にわたる講演、靖国神社参拝と、日本に大きな足跡を残していった。本書は李登輝氏の序文から始まり、本編は4章だてである。第1章は訪日に関わった日台の主要人物が訪日の意義の大きさを綴る。第2章では旅の軌跡を追う。旅行中のエピソード、未発表写真を多数掲載。第3章は渾身の思いを込めた講演、そして第4章は各地の歓迎者の声を収録した。巻末には訪日の旅程、報道一覧も付け、李登輝氏訪日を余すところなく記録。東アジアにともにある日本との行方を見据えた李登輝氏のメッセージが伝わる一冊である。
私は今回の旅行で、日本はやはり一流の国であると実感しました。まだまだアジアのリーダーとしての自覚が不十分であるなど不安な面はあるものの、日本人の知恵やモラル、そして技術など、これほど素晴らしい国はないのです。こうしたところは台湾もその他の世界の国々も、もっと見習っていいと思います。
私の今回の旅は「学術・文化交流と『奥の細道』探訪の旅」という、いささか長い名前の付いた旅でしたが、お蔭様で成功裡に終えることができました。改めて感謝の意を表するとともに、この記録集が日本人の台湾認識を深め、台湾と日本の交流に役立つことを願っています。また、日本と自由や民主主義などの価値観を共有する台湾は、パートナーとして最もふさわしい隣国であることを理解する縁となることを希望しています。
前回と今回の旅行で私が強く感じたことは、日本は戦後六十年の間に大変な経済発展を遂げているということです。たとえば、この有楽町。私はかつて戦後しばらく住んでおりましたが、そのときの状態と比べてみれば天地の差があります。まったく変わりました。私は昭和二十一年まで、有楽町の近く、新橋の焼け野原の中の一軒家に住んでおりました。日本はこのような焦土の中から立ち上がり、遂に世界第二位の経済大国を作り上げました。
政治も大きく変わり、民主的な平和国家として世界各国の尊敬を得ることができるようになりました。その間における国民の努力と、指導者の正確な指導に敬意を表したいと思います。
もう一つ感じたことは、日本文化の優れた伝統が進歩した社会で失われていなかったということです。確かに失われた面もありますが、ほとんど失われていなかったと私は思っています。
日本人は敗戦の結果、耐え忍ぶしか道がありませんでした。忍耐する、それ以外には何もできず、経済一点張りの繁栄を求めることを余儀なくされたのです。そうした中にあっても、日本人は伝統や文化を失わずに来たのです。
日本での旅行で強く記憶に残っているのは、さまざまな産業におけるサービスの素晴らしさでした。そこには戦前の日本人が持っていた真面目さ、細やかさがはっきりと感じられました。
今の日本の若者はだめだという声も聞きますが、私は決してそうは思いません。日本人は戦前の日本人と同様、日本人の美徳をきちんと保持しています。社会が秩序正しく運営されて、人民の生活が秩序を保って守られているということです。確かに外見的には緩んだ部分もあるでしょう。しかし、それはかつての社会的な束縛から解放されただけで、日本人の多くは今も社会の規則にしたがって行動しています。
私が東京から仙台に行く途中、あるいは日光に行く途中によく観察していましたが、日本人は社会の規則に従い、みな正しく行動しているということです。このような状態はなかなか他の国では見つかりません。社会的な秩序がきちんと保たれ、公共の場所では最高のサービスを提供し、できるだけ清潔な状態を維持しております。長い高速道路を走っていても、チリひとつありません。ここまでできる国は国際的に見て、恐らく日本だけではないでしょうか。
◎ここがポイント
・日本李登輝友の会だからこそ書ける李登輝訪日の記録集。
・マスコミが撮影できなかった写真を多数掲載。
・知られざる日本滞在時のエピソード満載。
・22歳まで「日本人」だった李登輝氏が見た日本の精神と伝統文化とは。
◎こんな人にお薦め
・日・台・中を主とした東アジアの動向、およびそこでの日本の将来に関心が高い人
・台湾や日台関係に関心の高い人
・李登輝氏の人物に関心の高い人
5月28日午後、東京の日本記者クラブで昨年ニューヨークで逝去した前台北駐日代表処新聞組長の張超英氏を偲ぶ会が行われ、マスコミ、学術界など各界の著名人が駆けつけた。
張氏は駐日代表処新聞組長を二期、十年務め、『台湾をもっと知ってほしい日本の友へ』(中央公論社)を日本で出版し、昨年は台湾でも『宮前町九十番地』(時報出版公司)を出版した。
その日本語版である『国際広報官 張超英』(まどか出版)も偲ぶ会にあわせて刊行された。
張氏の夫人、顔千鶴氏は「日本でこんなにも多くの人が張氏を懐かしんでくれてとても感激しています。超英は生前、毎日、朝早く出て行ってしまい、帰りもとても遅かったのですが、今、やはり超英は私の側にいてくれるのだとわかりました。この一年、超英が逝ってしまったたことが信じられませんでした」と話した。
〈台湾、『自由時報』5月29日付〉
遺作『宮前町九十番地』の日本語版(『国際広報官 張超英』)刊行を機に
張超英さんを偲ぶ東京の夕べ
故・張超英さんは台湾の駐日台北経済文化代表処で新聞広報の責任者でした。二期十年に亘った八面六臂の活躍ぶりは、皆さんご承知の通りです。台湾情勢ばかりか、その世界情勢の分析は秀逸でファンも多かった。
歳月の流れは早く、張超英さんが急逝されて一年以上になります。
NYと台北では直後に葬儀、追悼会が行われ、日本でも昨年四月に関係者が未亡人の来日に合わせてささやかな追悼会を催しました。
氏は生前、渾身の力作『台湾をもっと知ってほしい日本の友へ』(中央公論社)を世に問われ、一同相集ってホテルオークラで記念の会を催したことを昨日のように思い出します。
このたび、結果的に遺作となった『宮前町九十番地』(邦訳題名は『国際広報官 張超英』、まどか出版刊)は、台湾ではロングセラー入りしておりますが、日本語訳の刊行が決まり、有志が翻訳チーム(坂井臣之助河添恵子、田輝、濱本良一、日暮高則。解説=宮崎正弘)を組んで、このほど出版にこぎ着けました。
五月末に夫人の顔千鶴女史が来日されますので、日本語訳刊行と合わせて、張超英氏を偲ぶ会を“超党派”で催したく、謹んで御案内申し上げます。
ご光臨いただければ幸いです。
記
とき 五月二十八日(水曜日) 午後六時(五時半開場)
ところ 日比谷 日本記者クラブ 十階 http://www.jnpc.or.jp/section1/shisetsu.html
会費 おひとり 一万円(書籍代金を含みます)
発起人 井尻秀憲、一力一夫、氏家斉一郎、歌川令三、江口克彦、許世楷、黄文雄 小島章伸、ジェラルド・カーティス、杉野直道、住田良能、田久保忠衛 田村志津枝、ドナルド・キーン、永井美智子、中嶋嶺雄、中村彰彦、野村進 船橋洋一、堀江瑠璃子、宮崎正弘、吉田信行、林建良
事務局 113―0022 東京都文京区千駄木5―19―5 まどか出版 (担当 梶山憲一)
電話 (03)5814―9292 FAX (03)5814―9293
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